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2014.10.13 Monday

福島原発事故被災地・現地視察

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    2014年10月12日、自治労連都市職部会・町村職部会合同の全国交流集会の2日目は福島原発事故被災地・現地視察圏視察。


    午前8時に郡山のホテルを出発して
    、バスでいわき市から富岡町へを北上するコース。
    バスの中で広島の「まち物語制作委員会」が東北まち物語紙芝居化100本プロジェクト「ふくしま紙芝居まつり」として作成した紙芝居アニメーションビデオ、「命の次に大切なもの」「見えない雲の下で」を見ました。



     いわき四倉PAで案内してくれる佐藤さんと合流。佐藤さんは、福島原発被害訴訟の原告団の方で、原発事故の事態を全国の人に知ってもらい、支援を呼びかけています。



    いわき四倉PAのトイレに表示されていた放射線量情報
    毎時2.583マイクロシーベルト
    被曝限度放射線量が年1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト)だから、はるかに被曝限度を越えている。








    いわき市久ノ浜の津波被害現場
    いわき市に住む避難者は県内最多の24,000人。加えて収束や除染の作業に働く人が約6000人。






    広野町の東電火力発電所
    広野町は2011年8月に「緊急時指示解除準備区域」に指定し、2012年4月に帰還が始まったが、それかは2年経っても、人口の半数しか戻っていないという。





    Jビレッジ 入り口(広野町)
    Jビレッジは、東電が福島原発の増設めざして、1994年に130億円かけて福島県にプレゼントしたサッカー練習場。トルシエ・岡田監督時代には日本代表チームの練習場になっていた。
    事故発生直後から事故収束に働く労働者の集結センターとなっている。駐車場には、関係車両がたくさん駐車していました。
    2013年には東電復興本社も入っています。


    楢葉町に入ります。上の写真は田に置かれた放射能汚染物を入れたフレコンバック(フレキシブルコンテナバック)の仮置き場 3年間という条件のはずだが、3年も過ぎ、移設計画も決まっていません。




    楢原町庁舎
    楢葉町は、「避難指示解除準備区域」。来年4月に帰還時期を発表予定。その準備なのか、庁舎には日曜日なのに職員が出勤されていました。


    楢原町庁舎のモニタリングポスト
    毎時0.129マイクロシーベルト
    (被曝限度は年1ミリシーベルト、毎時0.23マイクロシーベルト)




    庁舎駐車場にある地場産物の直売店・食堂 あいにく日曜日が定休日


    「ならは エネルギー福祉都市 自然と科学が創造する豊かな郷土」と表示されています。原子力エネルギーによって豊かになっていくという幻想が破綻しているのに……。




    楢原町の宝鏡寺で、住職の早川篤雄さん
    に話しをしていただく。早川さんは、反原発運動を40年間おこなってきて、避難者訴訟の原告団長。以下、そのメモ。

    ・楢葉町は解除されたら戻るかの意向調査3回おこなったが、「戻る」と答えたのは、たった8%程度。回数を重ねるごとに減っている。町は消滅してしまう。

    ・避難している者は耐え難いストレスを抱えている。自殺者も絶えない。自らが運営していた福祉施設の障害者も何人か死なしてしまった。

    ・福島の教訓は避難計画には移住計画も盛り込まなければならないし、賠償計画も盛り込まなければならない。被害者の我々か、今は裁判で訴えをしなければならない。国や東電は「想定外」の事故をよく口に出すが、我々はチェルノブイリ事故後、「原発大事故、次は日本」と絶えず警告してきた。





    昭和43年(1968年)1月1日付「福島民報」
    福島知事と電力会社社長との新春対談記事
    「日本一の原子力基地へ」「新しい電源宝庫 楽しめる双葉地区の将来」

    ・山桜と紅葉を楽しむことを老後の楽しみにしてきた。しかしその楽しみや孫も失った。


    宝鏡寺の天井画


    福島第2原発がある富岡町へ。上の写真は有名なうなぎ屋 「押田」。富岡町は「居住制限区域」で、「3年間、時計が止まった町」となっている。




    津波で壊滅的な被害を受けた富岡駅。ここでバスを少しの間降りました。


    慰霊碑


    モニタリングポスト
    毎時0.326マイクロシーベルト




    津波で軽トラックが突っ込んだままの家


    フレコンバックが山積みされています。


    福島第2原発が見えます。
    ここでの放射線量は毎時0.67マイクロシーベルト。慌てて、バスに乗ります。




    津波の被害を受けてたまま



    「原発安全神話」を宣伝した第二原発エネルギー館
    この地域で、バスの中でも放射線量が毎時0.51マイクロシーベルト。

    「帰還困難区域(原則立ち入り禁止)」がある富岡町夜ノ森地区に行きました。いのししやイノブタが町の中まで出没するという。モニタリングポストで毎時4.9マイクロシーベルト。高い。


    農作不可能になった田畑に生い茂るセイタカアワダチソウ

    現地視察は予定通り郡山駅前に到着し、解散となりました。

    解散後、帰りの飛行機まで時間があったので、郡山市内を2時間余り散策。
    駅前からフロンティア通りを通って、麗山公園、大正の建物ー郡山公会堂、荒池農村公園、酒蓋公園など散策しました。美しい風景でしたが、スマホのバッテリーがなかったので、写真を撮ることができませんでした。

    公園などには放射線を測るモニタリングポストがあり、毎時0.236マイクロシーベルト、毎時0.244マイクロシーベルトと表示されており、こんな美しい街を安全な街ではないようにした原発事故の犯罪性を実感しました。
    1週間前に除染した場所で、毎時1.33マイクロシーベルトから0.16マイクロシーベルトになった結果が出ていました。
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